「事件」としての本〜「村上氏の方法論」をめぐって

なかなか書評の本編が書けないうちに外伝ばかりが先行しているが(午前中に送ります>担当者さま)、『井田真木子著作撰集』収録の「村上氏の方法論」を読んでいて、思い出したことがある。それは、なぜ自分が「文芸評論」みたいなことをやりはじめたか、ということである。

2014-08-19 07.54.06

「村上氏の方法論」とは、村上春樹の『アンダーグラウンド』という本をひとつの「事件」とみなし、彼が『アンダーグラウンド』で「地下鉄サリン事件」に対して採用したのと同様の方法論を、この本という「事件」に対して用いてみた、という短いルポ記事である。これを読んで何を思い出したかといえば、それは自分も、「本とは事件である」と思って、本についての文章を書くことから、意識的な物書きになったという「事実」である。

私見では、本には「日常としての本」と「事件としての本」がある。そして世にある大半の書評は、前者に対する「採点」「評価」としてなされる。でもごく稀に、世間にとって、あるいはごく少数の限られた読者にとって、「事件」としかいいようのない本が存在する。自分が本について書くことを面白いと思えたのは、後者のような本についてなら、「それについてのノンフィクションが書けるのではないか」と思ったからだ。

たとえ、対象となる本がフィクションだとしても、その作品(というよりも、正確にいえば「本」としての存在なのだが)が「事件」だと感じられれば、十分に文芸評論は「ノンフィクション」たりうる。私は小林秀雄のような「文芸作品としての批評」を書きたかったのではなくて、小説も非小説も本として存在するかぎり、同様に「事件」とみなせるのではないか、という直感から、そういうことを書いてみたいな、と思った。その初発の気持ちを、「村上氏の方法論」で採用されている井田真木子の「方法論」によって、思い出したのである。

しかし、日々こなしているうちに書評はルーチンとなり、「日常としての本」への評価、採点、せいぜいが感想となってしまう。語るべき事件がそうしょっちゅうあるわけがなく、新聞のタイクツな社会面、下手をすれば「新製品紹介」コーナーに堕してしまう。

だが「事件」としての本に対する文章は、その本の内容紹介や評価にはとどまらない。なにより、なぜその本が「事件」でありうるのか、その事件の背景や過去における類例、そして事件にかかわる多くの当事者への関心へと、その文章は向かうはずだ。そのようにして、私は最初の(そしてたぶん唯一の)まともな著作を書いた。井田真木子の文章を読んで、久しぶりにそういう文章をまた書きたい、と思ったのである。

『井田真木子著作撰集』を出した里山社は、知人がつくったひとり出版社であり、その仕事が順調に行ってほしいという、いわば身贔屓の気持ちもあるのだが、それにまさるものとして、この本を通して、井田真木子という物書きにあらためて出会えてよかった、という思いが強い。

主著の長編作品であれば、いまでもアマゾンで古書が買える。彼女の主著は文庫化されたのだから、少なくとも、市中に数百の単位でまだ残っているだろう。けれども、この『撰集』はあらたな編集の手を介することで、長編ノンフィクション、短編ノンフィクション、エッセイ、そして詩篇が有機的に配置されている。

誰だったか、本当にある作家のことを知りたかったら、「全集」ではなく、コンパクトな「選集」を読むのがいちばんいい、と言った評論家がいたような気がするが、『井田真木子著作撰集』は、まさにそのようなアンソロジーなのだ。なにより、このような編集がなされていなければ、私は「村上氏の方法論」などという短編ノンフィクションと出会う機会は一生なかっただろう。そもそも、「短編ノンフィクション」などという著作は、こういう本ででもなければ、初出の雑誌以外の読者とあらためて出会うことができない。

……というわけで、このところずっと『井田真木子著作撰集』の書評のまわりを迂回してばかりなのだが、これを最後の「外伝」として、そろそろ本編にとりかかります。それにしても売れてほしい。買って上げてください。執筆意欲を喪失している物書きへのご贈答にもいいかもしれませんよ?

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